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猫のBIBI

ボローニャで僕の最も信頼している友達のアリアンナとフィリッポ夫妻はB&Bをいくつか持っている。彼らとは既に会ってから二年くらいだろうか。最初は彼らのB&B「BIBI」に泊まった事から始まったこの二年前の旅行では私はBolognaに何日もいるつもりはなくすぐナポリや色々なところに行くつもりだったがあまりにも彼らと仲良くなってしまい連泊を続けたのが始まり。その後、日本からもEmailで連絡しているうちに自然とボローニャに住みだしてしまったという感じ。彼らなしでは今の生活はあり得ない。無償の親切ということの素晴らしさを教えてくれた気がする。今でも週末一緒に映画を見に行きご飯を食べ、温泉に行ったり。本当に「お世話」になっている。

このBIBIという名前はこのB&Bの庭に住み着いている?!二匹の猫からきている。
写真の猫がBIBI。しっぽは太いし自分から腹這いになったりしてまるで犬のような猫。
本当にかわいい。

bibiのURL:http://www.bedandbreakfast.com/emilio-romagna/bibi.html

ボローニャに来る時は彼らのB&Bをお勧めします。
いっぱく30EUROくらいで安いですよ。
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by chambers2 | 2004-11-29 03:52

Giorgio Morandiとvia fondazza

私のアパートはボローニャの歴史的地区である中心地にあるvia fondazzaという小さな通りのなかにある。(Viaは〜通りという意味)
この通りは住んでいる愛着と何とも言えない不思議な雰囲気がある。

イタリアの街は通りの名前全てに名前がついている。特にBolognaの通りの名前一つ一つ
には個性があり、ボローニャの人々一人一人が思い入れの通りがあるに違えない。

via fondazzaは画家Giorgio Morandiのアトリエがある通り。
私は彼の名前を知らなかったが少し調べたら偉大な画家である事が分かった。

アトリエもまだ残っていて彼の生家として保存されている。
私のアパートから50メートルもいかないところにある。
なにか心に響く物があった。

私のお向かいさんに83歳の元気なおばあさんが住んでいる。いつも料理を作る時等は窓越しに顔を合わせ世間話をする。彼女の娘さんは画家だというのを思い出した。
彼女自身も60年間via fondazzaに住んでいるそうだ。
きっとMorandiのことを現在も知る貴重な存在だと今確信した。

写真は家から見たvia fondazzaそれとMorandiが描いたvia fondazza。この通りの色が感じ取れるような気がする。
歴史を感じるということは素晴らしい。古い物をリスペクとしていくことがどれほど重要か...
音楽でも建築でも楽器でも絵画でも同じだと思う。

以下略歴
Giorgio Morandi
ボローニャとモランディ ジョルジョ・モランディ Giorgio Morandi 1890-1964 は、現代イタリアの代表的画家のひとりである。モランディはボローニャに生まれて死ぬまでボローニャで過ごしたが、彼の画業の中心は、水差しやビンを描いた「静物」 natura morta であり、ボローニャの「風景」 paesaggio を描いたものは少ない。モランディの風景は、ボローニャを象徴する「塔」やポルティコとよばれる「柱廊」やそのほかのモニュメントではなく、彼のアトリエがあった Via Fondazza の風景に限られている。

それにもかかわらず、モランディほどボローニャをより知りよく描いた画家はほかになく、しかもモランディのボローニャは、彼の「風景」よりも「静物」にこそあるという。というのは、塔やポルティチのボローニャの街を、モランディは水差しとビンとカンだけを対象としそのかたち、色彩、空間、光とにおいて見事に再現していると言うのである。私はこの説明を、私を美術館に案内してくれた元教師から彼女の個人的仮説として聞いた。

モランディ美術館 Museo Morandi モランディの作品を200点以上も集めている美術館が、ボローニャの市庁舎 (Palazzo comunale あるいは Palazzo d'Accursioとも)の2階(日本的に言うと3階)にある。ボローニャの市民が、モランディの画業について先の元教師のような理解をしているとすれば、ボローニャ生まれというだけでなく、ボローニャの光と影を「静物」の中に描いた画家であるモランディの美術館が市庁舎の中にあることに不思議はない。美術館は、モランディの油彩、水彩、デッサン、銅版画を集めているほかにモランディ自身の個人的コレクション、アトリエを再現している。b0067102_4133130.jpgb0067102_4141846.jpg
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by chambers2 | 2004-11-25 04:13 | イタリア

ボローニャ名物

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有名すぎて面白くないかもしれないが一応Bolognaのシンボルとも言える二本の斜塔を紹介する。アジネッリ家の建てたもので、当時は、有力貴族が競って塔を建てていたらしい。ダンテがボローニャ大学に学んだ頃には、200の塔があったといわれる。
現在でもボローニャはとても塔の多い街ですでに傾斜がひどく切断されてしまっているものがほとんどだがこのアジネッリはなんとか保たれている。中から木造の階段で上れるようになっていてBolognaの「赤い」町並みが一望できる。写真は今日撮ったAsinelli
今日はとっても朝日がとてもさわやかでまぶしくて心躍る天気だった。
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by chambers2 | 2004-11-24 06:57 | イタリア

ベースを停める

今日はアンコーナへ知人に会いにへは行かなかった。彼がボローニャに用があるっていうのでこっちにきてくれた。アンコーナってかなり遠いイメージで電車もインターシティが少ないしやたら大変。でも景色は海が広がってとても良いところです。

待ち合わせの場所に行くためにバスで楽器を運んだんだけどそのバス運転手が「そこは危ないからそのcontrabbassoを安全なところに停めておいてね」と言われた。

「停める」ってのは初めてだった。

いくらでかいからって...嬉しくない。

ボローニャ空港で待ち合わせたがここはすごく町の中心から近くてバスで20分くらい。超近い。街のすぐ横に空港があるって思いのほか便利ですよ。
それにイケアもあるし(あそこは多すぎて疲れますが..)なんでも良い物が揃うと思う。
で、どの町の人に聞いても「ボローニャは良い街だもんね」といいます。大学が発達していてとっても学生が多い街。ここで全部説明するのは難しいですが食べ物はやはりおいしく町並みがとても美しいです。人々も僕の中では親切な人が多いと思う。機会があったら来て下さい。そしてジャズ好きが多い街としてもひそかに知られている。
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by chambers2 | 2004-11-22 08:00

語学学校

語学学校の写真懐かしいので載せます。夏まで行ってました。でもボローニャ→フィレンツェ毎日往復はきつすぎました。朝は6時起き....元々職業柄夜型の人間だったので時差があるにもかかわらずきつかった。写真は女の子二人はトルコから来たAlkimとJelan。もう一人がドイツ人で哲学を専攻してるDemianいつも彼らといました。みんな同い年くらいでベジタリアンのお店とか行ったり僕がギター教えたりして遊びました。でもいつもフィレンツェから「いいところ」で終電に走って帰ったのが懐かしい。やっぱ学校は近いとこがいいよ。でもコントラバス持ってフィレンツェまで相変わらず通ってるんだけど。やっぱり車はないと不便だと思います。明日は楽器をもって海沿いの街アンコーナに行ってきます。
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by chambers2 | 2004-11-21 02:41

帽子屋さん

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帽子屋さん発見。

僕は帽子大好き。ホームページの写真でかぶってるのも大好きあれ毛羽立ってて冬かぶるとかっこよくて暖かい。デニム生地のも持ってて良くかぶる。
今までほんとにかぶった色んな帽子思い出した。

ココは帽子専門店で割と有名なところ。日本にも輸出してたりするみたい。
最近では日本で帽子かぶる人多くなったと思うんだけど。なーんだみんなかぶらなくて良いのに(笑)

帽子って大好き。たまにもうイサムのトレードマークだねって言われたけどそうかな?他にはトランぺッターの松嶋さんもそうだね。

ciao
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by chambers2 | 2004-11-20 05:48

ベースの運び方

この前イタリアで何度目かのベース徒歩での移動をやった。これはかなり演奏前に疲れちゃう行為でもある。ナノで日本で演奏していた頃はベースのケースの横に車輪をマジックテープで取り付けて脱着式の車輪で地下鉄だろうが砂利道だろうが歩いていた訳。
しかもそれはエアサスペンション付き!!っていってもすごく原始的なシステムだけどあるのとないのでは大違い。事情でケースを買い替えた。なので車輪がつけられない。
この車輪をつけるには極厚のパデッドカバーにマジックテープをつけられる「洋裁の達人」が必要である。私は以前は母に申し訳なくお願いしていた。彼女は洋裁の教員免許持つ「洋裁の達人」であもある。

話はそれたが車輪のない移動はかなりきついのである。駅までの距離、バスの乗る
距離などこの大きい楽器はこういう意味で大変だが一回も嫌になった事はない。
ということでエンドピンという楽器の一番下にある棒を交換して車輪にするというシステムがあるがこれはどうもいただけない楽器に直で振動が来るためで楽器の調整が狂ってしまう恐れがあるから。一回狂ったらまーた一から「魂注もうちょっと右に動かして♥」と職人さんがいや〜になるほどお願いして直してもらわなきゃいけなくなってしまう。今学期の状態は最高で手のつけようがないくらい満足している。僕としては珍しい状態。
ということで車輪も却下。というか手元にないので論外。

ということで....でました「ショッピングカート」!!

これはかなりの荒技でベースをよいしょとカートの上に乗せゴムでぐるっと縛ります。あー楽器がかわいそう。でも現状でこれしか方法がないのです。
たまに日本でもこの方法で運ぶベーシストを見るが案の定楽器を見てみると楽器の底が傷ついている。まさに「荒技」なんです。今回はなんとかベースバッグ自体の厚みで楽器は守れました。が、、これはいただけません。さあどうしようまじで。

でもねイタリアで楽器持ってるとみんな寄ってきて超楽しいです。君ベース奏者か?
とか、この前お前を見たぞ!!、とか。おばさんとかも楽器持ってるだけど妙に親近感がわくのか親切にしてくれる。こっちはあんまり人種差別ないので気が楽。ブッシュの国では嫌な思いをした事数回。つうか楽器に対して寛容です。一回東京で大事にベースを運んでたら自転車でぶつかられて謝るどころか逆切れされてほんとにFu○○!だった。なんてかわいそうな楽器だって思ったんだけど。

こっちでは子供に「あれはねコントラバスって楽器だよ〜」って教えてあげてたりして嬉しかったなあ。この差はでかい。みんなコントラバスを見たらいたわって下さい。
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by chambers2 | 2004-11-19 05:35 | コントラバス

クリスマス

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街はもうクリスマスモードで一色になっています。日本と雰囲気が違うのは多くの方が知っているとは思うがカップルのためにデートするためにある日ではない。いつからああなったのか疑問に思った。きっと企業の罠だろう、バレンタインデーもチョコレートをあげるってのはどこかの企業がしかけたもので日本ではそれが当たり前になってしまった。西洋文化を取り入れるのもいいが日本独自でもっといてほしいなとこっちにいて思うようになった。せめてまずまず正しい西洋の習慣が広まってほしいと思う。かといってこっちでも寿司にたっぷり醤油をつけて食べてます(笑)こっちでは今日本のものがメチャクチャはやっています。中にはふとんなんてものもポピュラーになりつつあるんですよ。
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by chambers2 | 2004-11-18 16:57

蚤の市

蚤の市に行きました。家の近くにあるボローニャで一番奇麗なpiazzaです。でもボロネーゼ個々に意見が違うのでなんともいえませんがでもとっても奇麗な広場です。そういえばこの前行ったパドヴァはめちゃくちゃ奇麗だった。イタリアで一番大きなpiazza(広場)があるので有名です。

蚤の市ですが月に二回あります。ほとんどアンティークものの貴重な物がおおいのですが中には探すと安くて良い物がざくざく出てきます。以前はかなりのアンティーク家具オタク、古い物好き。でも今はもうそうでもないようです。なぜかというと多分自分の楽器のせいだとおもいます。これらとおなじように古くまたメンテナンスも大変です。でもこの音はこの楽器でしか出ません。なので多分お腹いっぱいですアンティーク。イタリアのアンティークなんて言ったらかなり興味津々なはずなんですが。住んでいるので旅行感覚が消えているせいか物選びは慎重。それにユーロ高すぎ。
中にはロザリオの古い物やミサに使う道具等軽く200年はたってるような物が整然とがらくたのように並べられている。
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by chambers2 | 2004-11-17 01:47

ボローニャの音楽家繋がり

今日は国立音楽院にレッスンに行った。まず他の生徒うますぎである!なんでも10歳からコントラバスを弾いているとか...なにー!まあいいや。ということでマエストロのガイドのもとレッスンを終え。。それにしてもここのところ一回のレッスンで頂く物の大きさは計り知れない。なにより私のつたないイタリア語でも丁寧に対応してくれる。もう友達と行ったところだ。ただ音楽をやる時には鬼のように集中する。これはもう慣れっこ。このての人間は日本もイタリアも私の周りに多い。というかそういうタイプの友達が多い。弓の運びかたパッセージの起承転結学ぶ事だらけである。ここでエゴを出しては行けない/いつまでも学び続ける子供のように柔らかくなければ行けない。今23なのでまだまだ若いですが。ですので自分の信頼できるマエストロというのは本当に大きい。でも自分のやりかたには信念を持って演奏せねば。なんかの真似をしてもしかたないから。でも幸いに頭ごなしに人の演奏を変えてしまうマエストロではないので私はいつも安心して技術を磨ける。残念な事に日本の先生?!教える立場にいる方達は残念ながら一つの道しか提示しないタイプが多いと思う。「それは間違えだ」といわんばかりに。それが一番間違っていると思う。「奏法」「音量」等。「リズムはこうだ」とか。技術はその人の音楽性について来るものだと思ってる。だから人に習うってことは重要なのは誰に習うか?だと思う。習う価値がその人の音楽に本当にあるのか、感動しない音楽家の高度な技術に僕は興味はない。 これには色々な考えがまだあるけど、でも考えがころころ毎日変わってしまったりする、、これも音楽です。なんかいきなり難しくなっちゃった。

ということでその音楽院の後フィレンツェ駅ちかくでベースをごろごろ押していると興味深くじっとこちら見つめる白髪のおじいさんがいるではないか。話しかけて来た。「君はベース奏者か?」そうだよ。と答えると「僕はボローニャに住んでるベーシストで何人も弟子がいて君に知っているベーシストはみんな知ってるよ」というではないか。なんだこのおじいさんは?ほんとうに誰なんだという感じで一緒に電車で帰る。その間様々な奇怪ないイタリア語が飛び交う。なぜ奇怪かというとベース用語って絶対普通の人は使わないでしょ?例えば駒はponticelloがどうだとか裏板はpiattoだとかもう横にいた女性は嫌そ〜でした。
でなんとそのベーシスト家のすぐ1キロ先くらいに住んでる事が分かって早速次の日にお邪魔しに行きました。そこにはベースが11本....好きですねみんな楽器が。その方は元ボローニャ歌劇場の首席奏者でした。
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by chambers2 | 2004-11-16 21:30